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2022年2月1日

 自分の話を書く前に、まず父からだな~ 

 

親父の出身は、福岡県うきは市。昔は浮羽郡吉井町大字八和田って言ってた気がする?久留米市の右側。昭和10年生まれだから今年で87歳。長生きだな。

 

 

 

ご先祖様をたどると、原城というのが佐賀県にあったらしく、そこのお殿様だったらしい。(コレ本当にマジです。)落城して原家民族ともども浮羽まで逃げてきて、そこで暮らしたみたい。親父がよく、「うちの先祖は殿様だったんだぞ~!」って言うけど・・・ すかさず母が「今、無きゃ~なんの意味もないよね。。。」撃沈。 な会話をいつもしてる。

 

 

 

その後、父の何代か前の、原 左衛門(さんざえもん)という人が、作り酒屋をして巨万の富を得たらしく超~お金持ちだったらしい。という話に対し、「今、無きゃ意味ないよね。。」といつもの母。笑

 

 

 

10人兄弟の3番目が父。1番目が長男(死去)2番目が長女(死去)で3番目、生きてる。下の弟が何人か亡くなっているみたいで、? 正直分からない。

 

 

 

自分が二十歳の頃、父の母、おばあちゃんが無くたった時、福岡へ行き葬式に出たけど、やっぱり遠いので、父の親戚の人達とは縁遠くなってしまっている。弟が市原市、妹が佐倉市に住んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

父が中学生の頃、父の父、おじいちゃんは亡くなってしまったそうで、兄と姉はもう社会人になって家を出ていたらしく、実質の長男。昔は栄えたであろう原家もその頃は超~貧乏まっしぐらで、とんでもない生活をしていたと、市原の叔父さんに聞いている。

 

 

 

おばあちゃんは、旦那さんを亡くしたショックで宗教にハマり、お寺に通う日々。炊事洗濯もせず、小さな子供の面倒も見ず、どっぷりお寺にハマる祖母を父は思い切りぶん殴り、祖母はデカい、たんこぶが出来たんだよ!と叔父に聞いたことがある。

 

 

 

父はろくに中学校にも行けず、もちろん高校へ行くことなど出来る訳もなく、酒屋さんで働いたそうで。その辺の話はよく分からないけど、二十歳の頃、東京へ出て来て、身寄りもない新宿の酒屋さんで住み込みで働いていたんだよ!と白黒の写真を見せてもらったことがある。いがぐり坊主で凄い笑顔で笑っている写真。父もニコニコ笑ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は決算報告を受けに、日本橋の会計事務所さんへ行っていまいた。正直、前期は赤字。いいじゃないか~!元気とやる気がモリモリ湧いてきて!(^ω^)! もっとお客さんの喜ぶ仕事をすることです。

 

 

 

今日も一日ありがとうございました。

2月1日 火曜日 No.175

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