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なんで?トラックなの?

2022年2月2日

 戦争が終わって10年そこそこの東京。まだガチャガチャだったと思う。そんな身寄りもない東京で、酒屋の小僧。ま~想像もつかないほど厳しかったと思います。大昔、ご先祖様が酒屋で凄かったらしいので、修行して酒屋さんになりたかったのか?

 

 

 

その頃の話は、あんまり聞いたことが無い。よっぽど嫌な経験をしていたのか?子供には言えないことをしていたのか? なんて…自分も子供には言えないことなど山ほどある。いろんな仕事をしたということだけ聞いているけど、タクシーの運転手が一番長かったそうで、道には凄い詳しい。特に都内の裏道なんてスイスイで走ってた。その頃は免許を取ると全部乗れたらしくて、乗用車はもちろん、トラックもバイクもトレーラーも特殊車も、ぜ~んぶ付いてきたそうです。でも飲酒で何回も捕まっているから、全部パ~ 勿体ない。

 

 

 

で、なんでトラックに?

 

 

 

どこで知り合ったとか、細かい話は知らないけど、なんだか大きな会社の社長さんのお抱え運転手をやっていたそうで、凄く気に入られ、トラック専門の整備工場の雇われ社長に任命されたそうです。今年87歳で、自分が54歳、姉が55歳だから、87-55=32歳。その頃から社長を始めたっていうから、若かったんだな~~

 

 

 

お金持ちのオーナーさんは、トラックのことなど素人で、父もド素人。でもお金があればなんでも出来るんですね~ これからはクルマの時代が来るぞ!ってことで整備工場を開業!まだその頃は環八も片側1車線で、糀谷駅と大鳥居駅の間くらいにサンオートっていう名前でやってました。なんとなく覚えている。九州から兄弟や義兄弟を何人も呼び寄せ、社員にして一緒に働いたみたい。父は現場より営業マンとして働き、社長業と営業に駆け回り、当時のニッサンディーゼルの指定工場の認可を取得して忙しそうにしていた。あったもんな~UDマークの大きな看板。

 

 

 

その頃からだと思う、トラックの中古車を扱うようになったのは。中古車屋なんてものじゃなくて、ただのブローカーだったと思うけど、当時は解体屋さんが全盛期で、中古車屋なんて無かったんじゃないかな?親父はブローカーのはしりかも。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

浦安市堀江にある、日蓮宗 正福寺様の掲示板。 どんなことにも ありがとう。 父の母は、お寺にハマり、子供達が巣立つ前か?後かは分かりませんが、頭を丸めて出家しました。それまでは違う宗派だったらしいのですが、祖母が日蓮宗に変えたそうです。

 

 

 

はら商会を立ち上げる際、九州へ行き墓前に挨拶。浦安で日蓮宗を探し、正福寺さんを知ることが出来ました。とても素晴らしいお坊さんです。友達のお母様が亡くなられた時に、頼んでもいないのに、お経をあげさせて下さい、と訪ねて来られたそうです。

 

 

 

原家のお墓は、まだこちらに無いので、月初にご挨拶に伺っています。

 

 

 

今日も一日ありがとうございました。

2月2日 木曜日 No.176

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