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2022年2月10日

そして、母。

 

 

母の出身は、福島県会津若松市。昭和15年生まれなので、今年で82歳。もう82だ。色がまっ白になったけど、昔っからおんなじヘアースタイル。友達にはウルトラの母とか呼ばれてた…笑

 

 

 

母は5人兄弟の3番目。姉、兄、母、妹 と腹違いの弟。母の実家は十代ほど続いた炭屋さんでした。鶴ヶ城の城下町で、広~い敷地内に、お店に工場、母屋や離れ、家が何棟も立ち、庭には大きな池があり鯉が泳いで、番頭さんに女中さん、若い衆が何人もいたそうです。どなたかのお葬式の写真を見た事がありますが、大名行列のようでした。

 

 

 

そんな恵まれた環境で育った母。でも幼い頃から実母は体が弱く、寝たきりの状態が続いていたそうです。そして母が10歳くらいの時に実母は死去。祖父は後妻さんをもらい、弟が生まれました。

 

 

 

何代も続いていた炭屋さん。金貸しもしていたそうで、詳しい事は分かりませんが、ま~何の心配も無く、経営出来ていたと思います。姉は結婚をして家を出て、兄は東京へ出て就職。そして母が高校生の頃、炭屋さんは倒産。?

 

 

 

え?なんで?と思いますよね?十代も続いた老舗がなんで? 

 

 

 

おじいちゃん(祖父)が学生の頃、野球部で一緒だった大親友の保証人になっていて、その友達が莫大な借金を抱えながらも逃げてしまったそうです。そして商売の利権やなんやかんや、家屋敷すべて一切合財取られてしまいました。祖父40歳くらいの時、祖父の親は亡くなっていましたので頼る者も居ず、法的に言われるまま、なすがまま全部取られ。。後に、自分はボンボンで育ったから何も分からなかった… と言っていたそうです。

 

 

 

大親友に裏切られ、何代も続いた家屋敷、仕事全てを失うなんて… 大変なショックだったと思います。

 

 

 

そんな時、別の友人から、裏磐梯を開発して、桧原湖(ひばらこ)に遊覧船を運行させるから、手伝ってほしいとの誘いに、裏磐梯に引っ越すことに。

 

 

 

祖父と祖母、城下町から、磐梯山が噴火して荒れ放題の未開発な土地へ。仕事に慣れるまで、母と幼い弟は会津若松に残されたそうで…(妹さんは生まれてすぐ、子供ができない方へもらわれていきました。) お嬢様生活から一転、母は高校を中退。15~16歳くらい?弟5~6歳の頃、二人で古~いアパートで1年ほど暮らしたそうです。アパートには時計も無く、弟が毎日、よそ様の家の時計を隙間から見ていたと・・・ 今でも会うたび、二人して泣きながら話しています。

 

 

 

 

 

 

 

寒い日が続きますが、風邪など引かぬよう暖かくして、ゆっくりとお休み下さい。

 

 

今日も一日ありがとうございました。

2月10日 金曜日 No.182

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